佐賀県のほぼ中央に位置し、奥深い歴史と豊かな自然が生きる多久市。
かつて炭鉱が栄えたこの場所は、さらに昔から「多久の雀は論語をさえずる」と言われるほど『論語』に親しみ文教がひらかれたまちでもありました。
なぜこの場所で『論語』が根づき今もなお受け継がれているのでしょうか。よく学び、かたくつながる人々が生きる「多久」の魅力をひも解いていきましょう。
「多久の雀は論語をさえずる」と言われるほど、論語教育が根づいた歴史のある多久市。
その背景には、江戸時代から多くの人々に学問への門戸を開いた環境がありました。
論語教育が根づいた、「丹邱の里」「文教の地」としての所以がここにあります。
そもそも『論語』とは、中国古代の思想家で、儒学の祖とされる孔子とその弟子たちのやりとりを記録した書物です。論語には、人生のあり方や人としての生き方などが広く記されています。「三十にして立つ、四十にして惑わず」や「温故知新」などの有名な言葉も論語が元になっています。
現代の人々の心にも響き、暮らしの中に活きる言葉が多く記されている論語は、まさに“人生の教科書”と言っても過言ではありません。
その論語が、ここ多久市に根づいたのは、江戸時代中期の頃でした。
多久4代領主の多久茂文(しげふみ)は「領民の心を豊かにするためには教育が必要」と考え、1699年、学問所「東原庠舎(とうげんしょうしゃ:鶴山書院とも呼ばれた)」を開きました。江戸時代、学問といえば身分の高い者しか触れることのできないものでしたが、ここでは学ぶ意欲があれば庶民にも広く門戸を開いていました。そして、廟をみる者に「敬う心」が湧くように、1708年、儒学の祖・孔子さまを祀った「多久聖廟」を創建しました。
このように、多くの人に学問と論語が身近な環境づくりをしたことから、この地に論語が根づき、後の近代日本をリードする偉人たちが輩出されたのです。
高取 伊好 Koreyoshi Takatori
(1850年~1927年)
肥前の炭鉱王として名を馳せた実業家。東原庠舎を卒業し、慶応義塾で鉱山学を学び高取鉱業株式会社 を設立。炭鉱業で成功をおさめました。西渓公園や寒鶯亭図書館などを寄附し、他市町村へも寄附し まちづくりにも寄与しました。
志田 林三郎 Rinzaburo Shida
(1855年~1892年)
日本初の工学博士。東原庠舎で学び12才で論語をはじめ四書五経なども読みこなしました。
英国留学後は逓信省や電気学会の創設にも貢献し、現代の情報化社会を予見するなど、日本の
電気通信技術の発展に尽力しました。
東原庠舎は、身分に関わらず学問を志す全ての人々を受け入れた画期的な教育機関でした。そこで教えられた論語教育は、現代においても、よりユニークな形で子どもたちの心育て・人づくりに受け継がれています。その一つが「論語カルタ」です。
平成になって、「論語を忘れさせてはいけない」という思いから、楽しく論語を学べるよう編み出されたのが「百人一首式論語カルタ」です。
多久市では、東原庠舎や多久聖廟を取り巻く歴史や文化から、多久の魅力を学ぶ「ふるさと多久学」という取り組みも展開しており、論語カルタをはじめ様々な形で子供たちが多久の魅力を学べる機会を設けています。
「多久の雀は論語をさえずる」これはかつて論語が盛んに教えられていた多久を形容する有名な言葉です。
私自身、「論語いろはカルタ」に出会い、教育現場に論語の必要性を感じました。
そして平成8年ごろ、さらに子供たちが論語を覚えられるように、百人一首式の論語カルタを手作りしました。その後、平成13年に現在の百人一首式論語カルタが作成されたのです。
論語には、現代にも通じる、生きるために必要な教えや心のあり方が記されています。子供たちがその若い脳で論語を覚え、言葉と内容がしっかり身についたなら、将来の様々な場面で役に立つことでしょう。
この小さなまちから、日本をリードする実業家や科学者が輩出されたのも、この論語教育のおかげと思います。論語を通して、豊かな心と学ぶ意欲の向上につながり、まさに多久の雀がさえずっていることを嬉しく思います。
多久市立中部小学校元校長
市丸 悦子さん
私たち多久市立東原庠舎東部校の児童たちも、論語カルタに日々触れています。
校内では、廊下に論語カルタを並べたり、休み時間には校長室を開放して、私も一緒に子供たちと論語カルタを楽しんだりしています。覚えた論語は着実にその頭と心に刻まれています。
そして、生活のふとした瞬間や社会に出た時に、染み込んでいる論語がきっと思い出されることでしょう。
人を思う「恕(じょ)」の心を自然と自分たちのものにしていると感じます
多久市立東原庠舎東部校校長
中西 順也さん
人を思う「仁」の心、 利にとらわれない「義」の心。
多久のまちづくりには論語の思いを体感する取り組みが息づいています。
多久聖廟で行なわれる「釈菜(せきさい)」は、聖廟が創建(1708年)されて以来継承し、春と秋の年2回行われ、佐賀県重要無形民俗文化財にも指定されています。
「参列生徒の唱歌」「釈菜の舞」「腰鼓」「獅子舞」などの奉納は、地元の東原庠舎西渓校の児童生徒ほかが披露し釈菜を彩ります。
多久聖廟周辺は、地域の人々の思いによりその景観や文化的価値が守られています。
数百人のボランティアによる美化活動や、春の桜花、夏のライブイベント、秋の紅葉、年末の多久聖廟お火たきと初詣など、多くの人々の活動がまちの魅力を育んでいます。
多久市では、まちの新しい魅力づくりも活発に行われています。
その一つ「多久市ウォールアートプロジェクト」は、多久市の中心市街地にいくつものウォールアート(壁画・シャッターアート)を創り出すプロジェクト。
2015年から市内外のアーティストが参加し、現在も作品が増え続けています。
また2019年には、イベントや会議、作品展や撮影スタジオなど様々な用途で使えるシェアスペース「レコプレイス」も始動。多久市から始まる新しい魅力づくりに期待が集まります。
寒鶯亭KANOUTEI
西渓公園の中にあり、高取伊好が当時の多久村に寄贈しました。市制施行後は多久市の公会堂として活用され、国の登録文化財に指定されています。
西渓公園SEIKEI KOUEN
東原庠舎で学んだ実業家高取伊好が私財を投じて当時の多久村に寄贈した公園。春は約400本の桜やつつじ、秋は約180本の紅葉が魅力的です。
多久八幡神社TAKU HACHIMAN JINJA
多久の祖、多久太郎宗直の創建。優美な流造りの神殿が特徴的。境内には樹齢700年以上の三本杉の巨木があります。
多久聖廟TAKU SEIBYOU
多久4代領主多久茂文が1708年に創建。聖廟内には孔子とその4人の弟子(四配)の像が安置され、多久市民の誇りと拠り所になっています。
東原庠舎跡TOUGEN SYOUSYA ATO
1699年創立され、多くの偉人や学者を輩出。現在は近くに現代の東原庠舎が再建され、教育関連の研修や合宿などに広く活用されています。
女山大根 ONNAYAMA DAIKON
西多久町だけで江戸時代から栽培される伝統野菜です。その大きさと赤紫色がかった見た目が特徴的で、繊維質が緻密で肉質は硬く、他の大根と比べ抗酸化作用と消化分解に優れているとされています。糖質が高く大根特有の辛みが少ないので、おでんなどにすると柔らかくほくほくとした食感が楽しめます。
孔子みそ KOUSHI MISO
多久産の青大豆と佐賀県産の減塩塩こうじを使い、多久のJA女性部みそ加工グループの皆さんが3ヶ月かけて作る手作り味噌。青大豆の豊かな甘みが特徴的で、様々な料理に活用されています。毎年、孔子みそを使った学生料理選手権も行われ、アイディア溢れるメニューが考案されています。
桐岡なす KIRIOKA NASU
多久町桐岡地区にて自家消費用のナスとして受け継がれている伝統野菜です。一般的な長ナスに比べ、重量が約3倍近くもあり、大きいもので400~500グラムもあります。皮や肉質がやわらかく、種が少ないのでとても食べやすく、アクの少ない味わいと優しい甘さが魅力です。グラタンや天ぷらなど、様々な料理で楽しめる万能野菜です。
岸川まんじゅう KISHIGAWA MANJU
北多久町岸川地区で300年前から作られてきた酒むしまんじゅう。中国から儒学食文化が伝わった際に入ってきた「酒蒸し饅頭」が原型とも言われています。添加物を一切使わず、酒麹だけで発酵させた素朴なまんじゅうの味わいが魅力。酸味のある甘さにもっちりとした食感と、飽きのこない美味しさが特徴です。
公益財団法人孔子の里 事務局長
亀川 将平さん
多久聖廟をはじめとする多久市の文化を守り、「文教の地」、「丹邱の里」として地域の魅力を広めるため、財団法人「孔子の里」において、まちづくり活動やたく市民大学での学びの場の提供など様々な取り組みを行われています。
多久町 東の原 区長
南里 カヂ子さん
多久聖廟周辺の美化活動や西渓公園での様々なイベントなど、聖廟周辺活性の発案者として積極的に呼びかけ、活動されています。定期的な美化活動はすべてボランティアによるもので、約400人が集まります。
多久ミライプロジェクト発起人
小川 三郎さん
地元企業に勤める傍ら、多久市の魅力を創出しようと地元の有志によって立ち上げられた「多久ミライプロジェクト」を牽引。オリジナルブランドの多久酒づくり・販売や、グッズ販売、パブリックビューイングなど多彩な企画を実施されています。
現代アート作家
冨永 ボンドさん
木工用ボンドを使った「ボンドアート」で多色彩な作品を生み出す、多久市在住のアーティスト。パリやニューヨークで高い評価を得ながらも、アトリエを置く多久市活性化のために、「ウォールアートプロジェクト」も手がけられています。
佐賀県多久市 地域おこし協力隊(※2019年度まで)
大屋 謙太さん
多久市西多久町を担当する地域おこし協力隊として、地元の方々と協力。「女山大根で奇跡を起こす」と銘打って、直売所の運営支援や6次産品の開発、女山大根など農産物のPRなどに取り組まれています。
JA女性部 みそ加工グループ 副会長
毛貫 和子さん
JA女性部みそ加工グループの一員として「孔子みそ」作りに関わり、豊かな甘みが特徴的な孔子みその美味しさを伝えています。また自身の農園で収穫体験や料理教室なども開催されています。
幡船の里 副会長
船山 真由美さん
農産物直売所「幡船(ばんせん)の里」の運営を担いながら、10年以上「女山大根」を栽培。西多久町に江戸時代から伝わる野菜づくりの伝統を守るため、女山大根の収穫体験や試食会などのイベントにも取り組まれています。
レコプレイス発案者
藤井 啓輔さん
3DCGや建築パースデザインなどを手がける傍ら、多久市活性化のためにシェアスペース「レコプレイス」をまちづくり協議会と共に立ち上げ、クリエイティブな文化を発信されています。
まちづくりプロデューサー
池田 隆臣さん
多久市まちづくりプロデューサーとして、まちづくりに関する調査やイベント企画、情報発信や商品開発など、様々な取り組みに参画されています。また、レコプレイスの管理人としても活動されています。